体型に精神は現れない

 運動や食事管理などによって、体重体型を維持、制御できる、すべきだという考えがある。こと肥満に関しては、世間的に、大食や不摂生など、不適当な生活習慣の帰結だと認識されている。自分も以前はそれに深く賛同していたし、いや、いまでも概ね同意ではあるけど、この二年ほどで見かたは変わった。

  きっかけのひとつは、(世間的に言う)肥満体型である女性に思いを寄せたことでだ。もとい、好きになった女性がたまたまそういう体型だったにというにすぎない。で、彼女はとりたてて大食というわけではないし、子供時代の写真を見ても、もともとそういう体型だ。加えて、彼女の兄弟も、母親もそろって似たような体型だった。つまりは単に遺伝的な体質だと考えていい。

 だとすれば、肥満は一律、怠惰に結びつけられるべきものじゃない。もちろん、その逆の痩せ形にしても、過剰なダイエットとかによるものではなく、ただいくら普通に食べても太らない/太れない体質である例も多いでしょう。「身長の伸縮はできないが、体重は制御できる」というのは正しくはなく、身長に較べれば体重のほうが可変性はある、という程度のこと。体重は意識的に制御可能なものだ、と考えるから、肥満が努力不足・怠惰の結果になってしまう。

 もうひとつのきっかけは、私が一昨年からウェイトトレーニングを始めたこと。スポーツクラブには数年前から通っていたものの、プールの利用だけで、マシンはほとんど使ったことがなかった。ウェイトトレーニングを主体に変えたのは、外見上の筋肉がどれくらいつくかに興味があったから。へんな話、実際の筋力はつかなくても、見た目の筋肉だけでもいい、と漠然と思っていた。あとになって考えると、筋力を伴わなずに「見かけだけの筋肉」がつくというのはありえないのだけど。

 週に2回、1、2時間ずつ。そして毎月、段階的にウェイトを増やしていった。一年後には、ダンベルなんかは、始めた当初の倍の重さが挙げられるようになっていた。なので筋力は着実に増えたはずだのに、見た目としてはほとんど変わりがなかった。有酸素運動を組み合せると効果的と聞いて、ジョギングのあとにウェイトをするようにもした。(筋力トレーニングを先、有酸素運動を後の順のほうが効果があるらしい)

 もちろん、「見た目」を変えるための、もっと最適なメソッドもあると思う。あるいはもともと筋繊維が目立つ人もいて、少しのトレーニングで外見的な変化が顕著に出る人もいるでしょう。これも結局、体質的な個人差としか言えない。

  一年かけて、自分の体型・体格がどのくらい変わるものか試してみて、体型にはさほど変化がなかったものの、「体型への認識」はかなり変わった。つまり、体型は努力次第でいくらでも変えられるものではないことはよくわかった。ましてや生活態度や精神が体型に現れていると考えることは正しくない。その認識はあらためられるべきだ。