「世界観」の違和感

 いつのまにか「世界観」という言い方が濫用されるようになった気がする。「〜の世界」でいいところを、なんでも「世界観」というようになってる。

 「世界」と「世界観」は同じものではないので、単に置き換えができるものではない。「人生」と「人生観」の違いといえば分かると思うし、「恋愛」と「恋愛観」の違いでもいい。

 最近使われているのは概ね「スターウォーズの世界観」のように、SFやファンタジーの空想世界だったり、あるいは物語世界のことを指している。そこで設定されている架空の文化だったり法則だったり、あるいは同じアイテムや登場人物が出てくるとか、雰囲気が似てるとかそういったことだ。でもそれは「世界」と言えばいいんであって「世界観」じゃない。

 たとえば、ある人が「人生」をどのように観ているか、人生ってどんなものと考えているかが「人生観」だ。「世界観」も同じで、「この世界をどのように捉えているか」という視野や観点のことだろう。なので「北方謙三の世界観」のように、ある作家がどのように世界を観ていて、それが彼の書く作品世界に通底して現れていれば「作家の世界観」という言い方はできると思う。

 あるいは世界観が、作品自体に含まれていることもある。「『平家物語』の世界観」といえば、いわゆる「諸行無常」で、この世界ではどんな盛った者でもいずれは衰え滅びる、というのが物語を貫く「世界観」だろう。(同時に、これは『平家物語』の作者の世界観であるとも言えるけども)

 そして、ある作品の「世界観」を、まったく別の物語が持つこともありうる。さきほど挙げた「この世ではどんな繁栄した者でもいずれ滅びるのは避けられない」という世界観(世界の見方)は、『平家物語』に限らず、SF作品に持たせても、現代が舞台の刑事モノに持たせることもできる。

 一方、きょうび使われている「スターウォーズの世界観」のようなものは、たとえばスターウォーズに出てきそうなロボットや生命体が出てくるとか、同じ設定世界にある惑星が舞台になってるとか、単に世界内の要素を指していることが多く、別の時代や分野の物語に移し替えできる視点や観念のことではないと思う。このような「世界観」は、ある物語世界の雰囲気だったり、テイストだったりを指してるのがほとんどだ。なので、「世界観」ではなく「世界感」という字を当てれば、もう少し的確な呼び方になるんじゃないかと思う。