『ブラック・スワン』

 ナタリー・ポートマンがあんまりバレリーナっぽくない、という点は、バレエというのが殊更、体型・外見に現れる職業なのでしかたないとして。「何かとてつもない才能を奥に秘めているかもしれない」感じがポートマン演じるニナになく、バレエ監督の目にとまって主役に抜擢されるのも説得力に欠ける。「潜在能力を秘めているっぽさ」は体型とは違って、演技や演出でどうにかできるので工夫が欲しかったところ。

 ポートマンはたしかに熱演しているのですが、これってディカプリオが言われているところの「眉間にしわ寄せている演技」と同じで、くどくて、これを好い演技とはなかなか言いにくいと思うんですよね。ポートマンの場合は「八の字眉の演技」でしょうか。

 このポートマン=ニナの表情が一転するのが、同じバレエ団員で、ライバルでもあるリリーに誘われて、母親の静止も振り切り夜遊びに出たとき。抑圧的な母親から離れて、酒とドラッグで次第にほぐれてゆき、リリーとじゃれあうニナの顔はとても生き生きとして眩しい。ここからこの悪友に染まっていき、母親から解放され、ニナは覚醒していくのか? と期待していたのですが、そのあともまた煮え切らない状態に。

 ニナがいつも白を基調とした服や下着を身につけているのは「白鳥」を表しているのでしょう。そして冒頭からしばしば「黒いニナ」の幻影が現れるのですが、これこそが彼女の解き放たれるべきダークサイドなのか、と考えていたのだけど、ニナは最後に「黒」を刺し殺してしまいます。そうしてついに彼女は神がかった舞踏を見せるものの、「黒いニナ」が解放されたのかどうかは解釈に迷うところ。疾走感やカタルシスを目指してなかったのでしょうけど、願わくば、リリーと手を取って二人、逃避行して、ニナが解き放たれてゆくほうの展開を観たかった。

Black Swan(2010年 監督:ダーレン・アロノフスキー