FAXを継ぐもの

多くのハイテク技術を生みだしてきた日本が、いまだにファックスという時代遅れのコミュニケーションツールを使っている。海外メディアはその理由を論じた。

ハイテク日本はなぜファックスを使い続ける? 

 FAXがこれほど温存されているのが日本だけだ、というのがもし事実だとしたら、何らかの環境的要因があるんでしょうけど、もっとも引用した記事自体、どれほど信頼に足る情報かわからない。真偽はともかく主旨としては、こんな古くさいものが、いまでも根強く活用されていることが珍奇だ、と言いたいのだと思う。

 自分も業務の上で、ごくまれに顧客がFAXしか持っていなかったり、FAXでの連絡を指定されると非常に煩わしいなと思うことはたしかだ。ただそれで、FAXが旧弊であるとか、まして閉鎖的な環境でいびつな発展をした=いわゆるガラパゴスであると嘲笑の種にするのは違うように思う。

 FAXに何がとって替わったのか(替わるべきなのか)がわからないからだ。いわゆるガラケースマートフォンになったのは置き換えであり、正統な発展と言っていいと思う。旧機能は内包されながら、より高度なものになった。

 では、FAXの後継が何かと考えると相当するものが思いつかない。Eメールは別系統のもので、FAXが継承されてはいない。手近な紙に手書きで何か書きつけて、あるいは注文用紙に印をつけて、それを即時に離れたところへ送る、という技術を継承してる機器がない。FAXならEメールと違って、キーボード入力を知らずとも書くことができるし、図なんかを書き入れることも自由だ。

 強いて似たような方法と言うなら、紙に手書きしたのをカメラで撮ってメールに添付するか、タブレットのドローイングソフトなどで描いた画像ファイルをやはりメールで添付するなどだろうか。

 ただ、電話やFAXの番号は、基本的に数字だけで構成されてるのに対して、メールアドレスの入力はずっと面倒くさい。電話口とか口頭でメールアドレスやURLを言われて書きとめたり、逆に相手に伝えたりする煩わしさを経験した人は多いと思う。電話やFAXの番号なら、数字だけなので入力も簡単。つまりメールの送信に較べると、よりたくさんの人が容易に使える。

 高機能になったぶん、操作が難解に複雑になって、学習コストが上がって、使う人を選ぶようになったのなら、それは発展じゃなく後退かもしれない。新しいものについていけなくなった、使いこなせなくなった人を嘲笑するのは、技術・設計の敗北なんじゃないかという気がしている。